陰茎太郎物語最終章

「まだ終わらないのか?」

ふと、陰茎太郎はそう呟いた。
何が終わるのを待っているのかは彼自身にもわからなかった。
陰茎太郎としての活動の終わりを求めてか、本日の終わりを求めてか、あるいは地蔵院圭太郎の生命そのものの終わりを求めてか、とにかく何らかの終わりを求め、そう呟いた。

彼は終わりを求めていた。理由は本人にもわからない。何かを終わらせ、新しいことを始めたいという気持ちがあったのかもしれないし、全てに疲れきりただひたすらに逃避として何かの終わりを求めていたのかもしれない。

だが彼に終わりが来ることはない。何故ならば彼自身理解しえないことであるが、彼が内心求めているものは果ての見えない“欲”の終わりなのである。

終わりを求めればそれは欲になる。しかし無欲になったとして、「私は欲を失いました」と考える日は来ないだろう。何故ならばそれは生命としての基本的な行動、即ち自己を知り表現しようとする欲であり、陰茎太郎はそれもまた、“欲”の一部であると認識している。

陰茎太郎としての働きは単純に表現すれば人々の穢れを祓うことだ。彼が祓う穢れ、それは人々の邪悪な感情。嫉妬に駆られ他人を貶めようとする者、他者を攻撃することにより快楽を得ようとする者、己のことばかり考え危険な薬物を使用しようと考える者、酒色に溺れ現実から逃れようとする者。

そういう者たちが穢れし者だと、陰茎太郎は本能的に判断していた。
しかし心の底では違和感を覚えていた。

何故ならばそれらは人が全て共通して持つ“欲”に他ならないからだ。他者より上でありたい、より良き生活を送りたい、必要以上のものを手にいれたい。

そう、陰茎太郎が穢れだと思いこんでいたものはその実人々の欲そのものだったのである。もちろん彼自身も欲というものはある、彼がなにかの終わりを欲しているように。

過去にしばらく、陰茎太郎はそのことについて考え込んでいた時期があった。しかしもしそうならば己は欲を打ち消しなにをもたらそうとしているのか、野生動物でさえ欲を持つものならば、何故彼にはそれが邪悪なものにほかならなく見えてしまうのか。

答えは出ないまま、幾星霜が過ぎ陰茎太郎はそのことについて覚えてすらいなかった。

陰茎太郎となってから1000年以上が過ぎ、ほとんどの人が消え、地上にはかつての時代の面影はなくなり、度重なる環境の変化に適応した極一握りの生物しかいなくなっていたが、陰茎太郎は穢れを消し続ける。それが、答えを求める自己の欲だと気がつかぬまま。